第52号(2018年5月) 特集 エリートの『知』 / 民衆の『知』
2018.05.14 年報アメリカ研究
座談会 |
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「トランプ政権下のアメリカ合衆国」 |
(1) |
特集 エリートの『知』 / 民衆の『知』 |
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ジェームズ・バーナム思想とトランプ現象 エリートと民衆の反動的交叉 |
会田弘継(41) |
ドナルド・トランプに先駆けた男 ―サミュエル・T・フランシスのペイリオ・コンサーヴァティズム― |
井上弘貴(63) |
「内なる反知性主義」 ―1968年コロンビア大学ストライキと知識人― |
梅崎透(87) |
1952年大統領選挙と政治コンサルタントの台頭 |
森山貴仁(111) |
自由論文 |
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「彼のためにろうそくを」 ―ヘンリー・ジェイムズ「死者たちの祭壇」におけるアメリカ金融資本主義、親密圏、許し― |
松浦恵美(135) |
包摂と分裂のカリキュラム ―-ニューヨーク州教育改革と多文化主義論争― |
南川文里(157) |
第一次大戦と語り手フレデリックの「学び」 ―『武器よさらば』に見る同盟・共闘 |
柳沢秀郎(179) |
書評 |
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小野沢透著『幻の同盟―冷戦初期アメリカの中東政策』 |
小濵祥子(201) |
第51回年次大会報告 |
-207 |
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第51号(2017年3月) 特集 ゆらぐアメリカの自画像
2017.03.14 年報アメリカ研究
特集 ゆらぐアメリカの自画像 |
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新大陸における「帝国」の残滓──1812年戦争期の「親英勢力」とアメリカの自画像── |
遠藤寛文(1) |
愛国心,男らしさ,米西戦争をめぐる黒人知識人の言説──サットン・E・グリッグスの描く国家/地域/自画像── |
奥田暁代(21) |
オバマ政権の介入政策における「アメリカ例外主義」──不安定な世界におけるアメリカの自画像の再構築── |
草野大希(45) |
「欧州国家」アメリカの自画像──冷戦終結期の米欧関係とG・H・W・ブッシュ外交の基調── |
志田淳二郎(67) |
「アメリカの過去」と歴史叙述のグローバル化──アメリカ史研究の現在── |
中野耕太郎(91) |
揺れ動くアメリカの市民像──リチャード・ホフスタッターとヘンリ・アダムズの歴史観をめぐって── |
中野博文(117) |
国民文学創生と文化的覇権闘争──セジウィックの 『リンウッド家』における建国の地政学── |
若林麻希子(139) |
自由論文 |
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愛国の響き──ティモシー・ドワイトの詩『グリーンフィールド・ヒル』(1794年) 第四部 「ピークォッド族の壊滅」を読む── |
小泉由美子(161) |
「イクメン」の誕生と新自由主義──20世紀後半アメリカにおける白人中流階級の父親の表象について── |
関口洋平(183) |
伝記テクストにおける女性市民の形成──セアラ・ヘイル 『女性の記録』 の家庭的歴史の語り── |
増田久美子(205) |
書評 |
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南修平著『アメリカを創る男たち──ニューヨーク建設労働者の生活世界と「愛国主義」』 |
横山良(229) |
第50回年次大会報告 |
-235 |
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第50号(2016年3月) 特集 占拠・占領・支配
2016.03.14 年報アメリカ研究
特集 占拠・占領・支配 |
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環太平洋帝国アメリカにおける統治権力と移動の権利──フィリピン系住民のハワイ市民権認定を事例として── |
岡田泰平(1) |
文化の占領とアメリカ文学研究 |
越智博美(21) |
アメリカの日本占領と民主化の言論──戦前の門閥政治体制の解体と岩淵辰雄── |
福島啓之(45) |
占領期日本の文学空間における連続と非連続──雑誌メディアにおけるアメリカ言説を中心に── |
井上健(67) |
部族主権の記憶と合衆国史へ反駁 ノーザン・シャイアンの史跡化営為 |
川浦佐知子(87) |
自由論文 |
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アジア系アメリカ人の対日戦争謝罪・補償要求運動の形成過程──アイデンティティの変容とアクティヴィズムの系譜── |
大八木豪(107) |
アメリカの対キューバ国交正常化交渉開始の契機──大統領,国内政治,国際システムとその認識── |
松本明日香(129) |
冷たい戦争と魂の危機──大衆伝道者ビリー・グラハムの見た共産主義,自由,原罪── |
相川裕亮(149) |
書評 |
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Kazuyo Tsuchiya, Reinventing Citizenship: Black Los Angeles, Korean Kawasaki, and Community Participation |
川島正樹(167) |
三牧聖子著『戦争違法化の時代──「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』 |
篠原初枝(175) |
第49回年次大会報告 |
-181 |
英文要約 |
-199 |
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第49号(2015年3月) 特集 モンロー・ドクトリン再考
2015.03.14 年報アメリカ研究
特集 モンロー・ドクトリン再考 |
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アメリカン・システムのマニフェスト──ヨーロッパ公法秩序とモンロー・ドクトリン── |
金井光太朗(1) |
宣言なき再定義──フランクリン・ローズヴェルト政権とモンロー・ドクトリン── |
奥広啓太(21) |
モンロー主義とアメリカの介入政策──単独主義と多角主義の淵源となった外交理念のダイナミクス── |
草野大希(41) |
モンロー・ドクトリン, アジア・モンロー主義と日米の国際秩序観──戦前・戦中期における日本のモンロー・ドクトリン論を手掛かりに── |
中嶋啓雄(61) |
ラテンアメリカの影──1980年代小説と半球思考── |
渡邉真理子(81) |
アフリカ系アメリカ文学の地理的想像力──モンロー・ドクトリンの終焉── |
竹谷悦子(99) |
研究論文 |
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個人から共同体の弔いへ──「ロジャー・マルヴィンの埋葬」における未完の埋葬── |
小宮山真美子(119) |
「共和国の母」から「慈悲深き帝国」時代の女性たちへ──二つの版の『ノースウッド』にみるセアラ・ヘイルの思想的変遷と「慈善」── |
増田久美子(135) |
「魔法群島」が見張る太平洋──逆転する地獄と楽園の遺物── |
大武佑(157) |
憲法の開放・奴隷の解放──フレデリック・ダグラスの合衆国憲法── |
権田建二(177) |
アフリカにおける家庭づくり──オサ・ジョンソンと1920年代の合衆国── |
長谷川詩織(197) |
祈るゴリラと核戦争後の世界──バーナード・マラマッド『神の恩寵』 の未来表象── |
羽村貴史(217) |
書評 |
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橋川健竜著 『農村型事業とアメリカ資本主義の胎動──共和国初期の経済ネットワークと都市近郊』 |
柳生智子(239) |
第48回年次大会報告 |
-245 |
英文要約 |
-263 |
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第48号(2014年3月) 特集 選挙とアメリカ社会
2014.03.14 年報アメリカ研究
特集 選挙とアメリカ社会 |
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選民国家の選挙文学史序説マザー, ホーソーン, バーコヴィッチ |
巽孝之(1) |
『まぬけのウィルソン』とその時代──「1853年選挙」の風景── |
上西哲雄(21) |
労使関係と労働組合代表選挙──ワグナー法からタフト・ハートレイ法まで── |
中島醸(39) |
アメリカ政治にとっての選挙 |
待鳥聡史(63) |
バラク・オバマと人種をめぐる選挙戦略の変容──「脱人種」とマイノリティ政治の併存── |
渡辺将人(77) |
研究論文 |
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「自己防衛の名の下に」──移民貧困層の州外強制退去と19世紀アメリカ移民政策── |
廣田秀孝(99) |
戦後初期における社会科学研究評議会とカーネギー財団による地域研究の推進──揺籃期の地域研究と社会科学── |
佐々木豊(119) |
書評 |
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貴堂嘉之著『アメリカ合衆国と中国人移民──歴史のなかの「移民国家」アメリカ』 |
中野博文(139) |
新田啓子著『アメリカ文学のカルトグラフィ──批評による認知地図の試み』 |
牧野理英(147) |
青野利彦著『「危機の年」の冷戦と同盟ベルリン,キューバ,デタント 1961-63年』 |
山澄亨(153) |
第47回年次大会報告 |
-159 |
英文要約 |
-177 |
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第47号(2013年3月) 特集 アングロ・アメリカ
2013.03.14 年報アメリカ研究
特集 アングロ・アメリカ |
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フランクリンとアングロ・アメリカ帝国の夢――印紙条例の成立前後に見る国民感情―― |
佐藤光重(1) |
罪深き同胞――マーク・トウェインの描く英米の姿―― |
石原剛(21) |
「偏狭さ」に抗して――エズラ・パウンドの「ルネッサンス」構想―― |
長畑明利(41) |
北米植民地代理人ジェレマイア・ダマーのイギリス帝国――18世紀アングロ・アメリカ政治の一断面―― |
森丈夫(59) |
ベトナム戦争と集団防衛――東南アジア条約機構における米英対立,1965-1968―― |
水本義彦(79) |
帝国への最初の招待――第一次世界大戦アメリカ参戦をめぐるハウス大佐とグレイ卿の協調―― |
坂出健(99) |
研究論文 |
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無気味に回帰する過去――シンシア・オジック『ショール』のホロコースト表象―― |
羽村貴史(109) |
晩年の新渡戸稲造とアメリカ――満州事変後のアメリカ講演をめぐる評価―― |
谷口真紀(129) |
日本へのテレビ導入におけるドゥフォレストと皆川の役割 |
有馬哲夫(149) |
ナサニエル・ホーソーンと文学世界の構築――博物館としての「骨董通の収集品」―― |
竹野富美子(169) |
後藤濶リンチ事件と記念碑――ハワイ日系社会黎明期の記憶の表象―― |
堀江里香(185) |
第46回年次大会報告 |
-205 |
英文要約 |
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第46号(2012年3月) 特集 海と国家
2012.03.14 年報アメリカ研究
特集 海と国家 |
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間大西洋における奴隷制の廃止と南北戦争 |
西出敬一 (1) |
『白鯨』の海、棄子(すてご)の夢 |
橋本安央 (19) |
国威の代償――世紀転換期のハワイをめぐる日米対立の一解釈 |
伊藤孝治(33) |
海底ケーブルの地政学的考察――電信の大英帝国からインターネットの米国へ |
土屋大洋(51) |
研究論文 |
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日中戦争期における太平洋をめぐる米豪関係 |
高光佳絵(69) |
第三次中東戦争期のリバティ号事件に見る米国の「親イスラエル」政策の萌芽 |
富永枝里香(89) |
日本のサンタクロース――カレン・テイ・ヤマシタの『熱帯雨林の彼方へ』における非同化的日系主体とその贈与精神 |
牧野理英(109) |
アメリカ歴史教科書における原爆投下のコンテクスト――第二次世界大戦、冷戦、核時代 |
藤田怜史(127) |
浦賀の「流星」とプロヴィデンス――ペリーとホーソーンと日本開国 |
中西佳世子(147) |
現代アメリカにおけるニッケイ――学生組織のアイデンティティ・ポリティクスと「日系アメリカ人」言説 |
木下昭(167) |
書評 |
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Hiroshi Kitamura, Screening Enlightenment: Hollywood and the Cultural Reconstruction |
飯岡詩朗(187) |
第45回年次大会報告 |
-193 |
英文要約 |
-205 |
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第45号(2011年3月) 特集 病いと制度
2011.03.14 年報アメリカ研究
特集 病いと制度 |
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生殖の権利と社会福祉—-断種におけるインフォームド・コンセント |
小野直子 (1) |
1935年社会保障法と健康保険をめぐる議論—-エドガー・サイデンストリッカーとI・S・フォークの構想を中心に |
佐藤千登勢(19) |
病とヒッピーと新自由主義—-トマス・ピンチョン『ヴァインランド』 |
三浦玲一 (39) |
医療改革をめぐる政党政治の変容—-国民皆保険制度改革と高齢者医療保険改革を事例に |
天野拓 (57) |
研究論文 |
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ボーディングアウトする女、家庭にしがみつく男—-(反)ボーディングハウス小説におけるセアラ・J・ヘイルのドメスティック・イデオロギー |
増田久美子 (75) |
紙の上のエメラルド・シティ—-The Wonderful Wizard of OZと紙幣制度 |
秋元孝文 (97) |
歴史ミュージアムとプライベート・セクターのポリティクス—-ジョージ・ワシントン像」ランズダウン》収蔵の経緯から |
横山佐紀(117) |
1960年代アメリカ合衆国における女性平和運動再考—-「平和のための女性ストライキ」の事例から |
佐藤雅哉(137) |
商業社会の倫理と社会関係資本主義の精神—-『フランクリン自伝』における礼節と社交 |
鰐淵秀一(157) |
研究ノート |
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米国貿易政策史研究における社会史的視点の重要性 |
小山久美子(177) |
書評 |
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森聡『ヴェトナム戦争と同盟外交—-英仏の外交とアメリカの選択1964-1968』 |
藤本博 (187) |
第44回年次大会報告 |
-195 |
英文要約 |
-209 |
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第44号(2010年3月) 特集 アメリカの世紀転換期
2010.03.14 年報アメリカ研究
特集 アメリカの世紀転換期 |
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全国黒人実業連盟と20世紀転換期における歴史の記憶のポリティク |
兼子歩 (1) |
世紀転換期のリラ・キャボット・ペリーとドメスティック・スペースとしての日本 |
松川祐子 (19) |
世紀転換期のアメリカ合衆国と朝鮮半島 —-日本による大韓帝国保護国化までを中心に |
松田春香 (39) |
落下する身体と痕跡としての言葉 —-9.11以前/以降の物語 |
小澤英実 (59) |
リンチと拷問の世紀転換期 —-『リンチについて』(1892-1900) と『グアンタナモ』(2004) |
佐久間由梨 (79) |
研究論文 |
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ジョン・F・ケネディと南ベトナム中立化構想 |
松岡完 (101) |
ジャンボ・ドメスティケーション —-19世紀末における動物の展示とセンチメンタリズム |
丸山雄生 (119) |
書評 |
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倉科一希『アイゼンハワ一政権と西ドイツ —-同盟政策としての東西軍備管理交渉』 |
小野沢透 (141) |
新しい女を論じる新しい世代の研究 —-諏訪部浩一『ウィリアム・フォークナーの詩学、1930-1936』 |
藤平育子 (147) |
第43回年次大会報告 |
-153 |
英文要約 |
-167 |
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第43号(2009年3月) 特集 大統領
2009.03.14 年報アメリカ研究
特集 大統領 |
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ホーソーンの〈ジョージ・ワシントン〉—-歴史と詩的想像力の交錯 |
入子文子 (1) |
アメリカ大統領制における対外政策の原型 —-ジョージ・ワシントンからジョン・クインジー・アダムズに至る歴代政権 |
中嶋啓雄 (23) |
外との対話と内での情報管理 —-ケネディ大統領の政策決定 |
土田宏 (43) |
大統領像と戦争権限 |
大津留 (北川)智恵子 (59) |
フランクリン・ローズヴェルトの国家非常事態宣言 —-危機と大統領権限 |
奥広啓太 (77) |
研究論文 |
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家族扶養をめぐるジェンダー・ポリテイクス —-20世紀初頭の福祉・司法と貧困家庭の関係 |
後藤千織 (97) |
〈文学〉の脱領域 —-A Farewell to Armsにおける翻訳、二重国籍、ハードボイルド |
辻秀雄 (115) |
リトルト一キョ一の再建? —-再定住期におけるコミュニティと人種間協調主義 |
南川文里 (135) |
テクノロジーと移民のアメリカニズム —-スウェーデン系移民社会による軍艦「モニター」とジョン・エリクソンの表象 |
土田映子 (155) |
国吉康雄の奇妙な自画像 —-「日本人アメリカ画家」像をめぐって |
菊川雅子 (175) |
「アメリカ的平和」の世界化を目指して —-戦間期アメリカの戦争違法化運動 |
三牧聖子 (197) |
チェイスとモダニティ —-ロイドの『要心無用』(1923)における時間と運動の表象 |
長谷川功一 (213) |
書評 |
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高光佳絵『アメリカと戦間期の東アジア —-アジア太平洋国際秩序形成とグローバリゼーション』 |
滝田賢治 (229) |
平体由美『連邦制と社会改革 —-20世紀初頭アメリカ合衆国の児童労働規制』 |
平田美和子 (235) |
村田勝幸『〈アメリカ人〉の境界とラティーノ・エスニシティ —-「非合法移民問題」の社会文化史』 |
中川正紀 (241) |
第42回年次大会報告 |
-249 |
英文要約 |
-265 |
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